P r o l o g u e C l o s e U P C O N T E N T S 2 0 2 2 Vol .12 Part 1 DXを支えるデータとは Part 2 台帳システムの構築に向けて 2 鋳物×DX 鋳造のデジタルトランスフォーメーション Hinolab M 8 Introduction 下水道へのDX導入 その価値と目的 東京大学大学院 工学系研究科都市工学専攻 下水道システムイノベーション研究室 特任准教授 加藤 裕之 氏 10 Interview 1 下水道事業におけるDX推進 ―DXアクションプランと台帳電子化― 国土交通省 水管理・国土保全局 下水道部 下水道事業課 事業マネジメント推進室 課長補佐 末益 大嗣 氏 14 Interview 2 水道の基盤強化に向けたDXの推進 東洋大学大学院 経営研究科客員教授 (東洋大学 名誉教授) 石井 晴夫 氏 インフラメンテナンスを変えるDXの波 ―DXを支えるデータ活用環境の構築に向けて― 表紙の画像提供:PIXTA
C o l u m n Part 3 管路施設におけるデータの活用事例 18 Interview 3 下水道管路の電子台帳化の推進と 下水道共通プラットフォームの 構築に向けた取り組み ―DX化による効率的な維持管理を推進― 公益社団法人 日本下水道協会 企画部 DX調査研究担当部長(併)情報課長 堂薗 洋昭 氏 28 MMS技術を活用した マンホール蓋の効率的な情報収集 株式会社パスコ 22 地方公共団体のDXを支える 総合行政ネットワーク「LGWAN」 地方公共団体情報システム機構(J-LIS) 30 Interview 5 「効 率的なストックマネジメント実施に向けた 下水道用マンホール蓋の設置基準等技術マニュアル」 ―台帳情報等を活用したマンホール蓋の設置基準見直しと安全確保― 公益財団法人 日本下水道新技術機構 研究第二部長 永田 有利雄 氏 34 新型コロナ対策と下水道 内閣官房新型コロナウイルス等感染症対策推進室 参事官 那須 基 氏 36 G&Uインフォメーション 24 Interview 4 下水道管きょ劣化データベースや 健全度予測式の活用 ―地方公共団体の管きょ劣化状況の予測を支援― 国土交通省 国土技術政策総合研究所 下水道研究部 下水道研究室 主任研究官 末久 正樹 氏
2 2022 vol.12 G&U 鋳物 × DX 鋳造のデジタルトランスフォーメーション デジタル技術の活用による産業構造や企業文化のポジティブな変革を意味するトレンドワード ――デジタルトランスフォーメーション(DX)。古くから培われてきた伝統技法である鋳物づく りの世界にも、DXのうねりは着実に広がりつつあります。例えば、3D-CADによるデータ作成や 方案設計、シミュレーション、3Dスキャナ・プリンタといった先進のソフトウェアやデバイスが、 熟練技術者の経験・技能と融合することで、製品のクオリティや生産性のレベルアップを後押し しています。インテリアブランド「H ヒ ノ ラ ボ inoLab M エム 」のチームが手がけたプロダクトの事例から、その 制作現場で活躍するテクノロジーの一端をご紹介します。 P r o l o g u e ▼モチーフを3Dスキャンする様子
3 2022 vol.12 G&U 3D技術でリアリティを 追求した鋳物づくり 精緻で細密な形状のモデルを、砂型を使う鋳 造でどこまで忠実に再現できるのか――。その 技術的な検証を行うため、かつてHinoLab Mが 試作に挑んだのが右写真のブックエンドです。 シャープな直線とコーナー部の曲線で構成され るL字の台座部分と、その側面にレリーフ状に 埋め込まれたアンモナイト。土の質感を模した 周囲のテクスチャが、まるで発掘現場に姿を覗 かせた古代化石を思わせるリアリティを醸して います。この造形美に満ちたブックエンドの制 作を、3Dスキャナや3Dプリンタなどの先進技 術が支えました。今回はブックエンドができ上 がるまでのプロセスを追ってみました。 ▼3Dプリンタで出力した樹脂型
4 2022 vol.12 G&U ブックエンドができるまで 意匠上の主役として用意した、直径約10セン チ(95×75×25mm)のアンモナイトの化石。 これをターンテーブルに載せて、光学式の3D スキャナ( )でさまざまな角度からスキャニ ングし、全周分のデータを合成して全体の形状 データを取得します( )。その一方で、L字状 の台座部分のデータは、3D-CAD「Pro/E」でゼ ロからモデリングしました。 これら両方のデータを、3Dモデリングソフ ト「F フリーフォーム reeform」に取り込んで、台座側面のスロ ープにアンモナイトの半身を埋め込むように一 体化( )。Freeformを扱う特殊なペン型の専用 デバイスは、画面上でモデルにタッチすると、 実際に触れているかのような触感が手に伝わる のが大きな特徴です。まるで粘土細工を指先で 作り込むように、モデルを削ったり伸ばしたり、 複雑な有機形状を直感的にペン先で表現できま す。この操作性を活かして、発掘現場の土に見 立てたアンモナイトの周囲に、不規則で微細な 凹凸を無数に掘り込んでいきました。 さらに、3Dスキャン時のノイズのレタッチや、 エッジの鋭い台座のコーナーの面取りなども Freeformの中で編集し、最終デザインのデータ を仕上げました( )。 従来の鋳物づくりのプロセスにおいて、2D 上での設計では、複雑な形状を再現することが 困難でした。こうした3D技術により、鋳物の表 現の幅が大きく広がり、リアルさを追求した鋳 物づくりが可能になったのです。 そして、仮想上の数値データに従って、現実 のオブジェクトをつくり出すのが3Dプリンタ ( )。溶けた樹脂を固めながら積層させたブッ クエンドの原型は、9時間ほどの待ち時間で自 動的に造形されました( )。これまでは、熟練 の職人が木を削りだして、一つ一つ原型を作成 していましたが、3Dプリンタを使用することで、 設計図通りの理想の形を、短時間のうちに自動 で出力することが可能になりました。 この樹脂模型をもとに鋳物砂を固めて鋳型を つくり、溶湯(高温で溶かした鋳鉄)を注いで 成型すると、重厚な趣きのブックエンドが完成。 再現性の限界に挑んだディテールと、鋳物独特 の朴訥な風合いが重なり、静謐とした書斎空間 にひときわ存在感を際立たせる造形美を織り成 しています。 Prologue ▲鋳物製品設計のプロセス 従 来 今 回 トレース 型製作 設計 鋳造 (原型を砂に埋 めて固め、鋳型 を作成し、溶け た鉄(溶湯)を 流し込んでつく る) 加工機を用いた製作で は、繊細な形状は難し い。複雑な形状を再現 したい場合は熟練技術 者(匠)が木を削りだ して手作り 3D プリンタにより、 設計図どおりの型を出 力可能 【全体】 3D-CADを使った設計 【細部】 ヴァーチャル技術(モ デリングソフト)を用 いて、PC 上で粘土彫 刻のように質感や細部 を再現可能 3D スキャナを使い 複雑な3次元形状を トレース 形状が複雑なため 3D モデリングが困難 (リアルな形状の再現) 2D-CAD で理想の形 状の値を入力して設計 (鋳物の原型となる型)
5 2022 vol.12 G&U ❶ ▲3Dスキャナ ❷ ▲スキャニングした形状データ ❺ ▲3Dプリンタの外観 ▲ペン型デバイスで質感をモデリング ❸ ❹ ▲最終的な3Dデータ ▲3Dプリンタで出力した樹脂型を取り出す様子 ❻
6 2022 vol.12 G&U HinoLab Mとは―― ▶創業100年以上の歴史を誇る老舗鋳物メーカー・日之 出水道機器㈱が2016年に立ち上げたインテリアブラン ドです。マンホール蓋をはじめとする、インフラ関連資器 材の開発・製造を通じて長年培った熟練の技術で、鋳物 の魅力を日々の暮らしの中にも届けたい――、そんな思 いから同社が初めて乗り出した「B to C」へのチャレンジ。 これまで、ペントレイやメモホルダー、ブックエンドなど のステーショナリーから、ランプシェードやウォールフ ックといったインテリア小物まで、30品目を超えるハイ センスな商品をリリースしてきました。重厚さ、素朴さ、 繊細さ、経年変化…、そんな表情や質感が醸し出す、鋳物 独特の懐かしさや温かさ。それをより多くの人に伝える ため、今も新アイテムの模索が続けられています。 https://www.hinolab-m.com/ ▲ 完成したブックエンド(右)とスキャンに使用したアンモナイト実物(左) ――デジタル技術はこのように、伝統と職人技 に磨かれてきた砂型鋳造の世界でも、造形の自 由度や精度を格段に向上させ、新たな地平を拓 いてくれるパートナーとして、存在価値を日々 高めているのです。
インフラ メンテナンスを 変えるDXの波 ―DXを支えるデータ活用環境の構築に向けて― ICTやIoTといったデジタル技術の進歩や、新型コロナウイルスの 流行を背景に、社会全体で生産性向上や業務効率化が求められ、 DX化が急速に進展しました。 膨大なストックを抱えるインフラのメンテナンスにおいても、国 によるDX推進の施策や、マニュアルの整備等が進められています。 DX技術は老朽化対策、災害対策、広域管理といったインフラが抱 える様々な問題への活用が期待されるだけでなく、これまでの業 務のあり方や組織・プロセスを変革していく基盤となっていきます。 今回は、こうした時流を踏まえながら、上下水道分野におけるDX 技術の中でも、根幹部分といえるデータの収集・蓄積を行う台帳 システムとその活用に焦点を当て、その考え方や事例などをご紹 介します。 画像提供:PIXTA Close UP
8 2022 vol.12 G&U Close UP Part 1 DXを支えるデータとは What’s the value of DX ? DX(デジタルトランスフォーメーション)は、 仕事の効率性を上げたり、その価値を高めたりす ることにつながるものだと考えています。有名な 例としては「スマート農業」があります。農作物を 育てる環境のデータを自動測定によって集め、適 切な肥料や水をあげる。農家の方は、自動化によ って肉体労働から解放されます。解放されるとい うことは、その代わりに余暇の時間が増える、生 活が豊かになる、という価値が生まれるわけです。 私はDXを「早い」「安い」「うまい」(高品質) を謳う「牛丼」に例えることがあります。早さ(速さ) というのは、「距離÷時間」なので、遠く離れたと ころからでも、すぐに情報を取れるということに なります。それからもちろん、低コスト化が図れ、 品質が向上しないと意味がありません。ただ、これ らのことは、DXを「手段」として見た場合の特長 です。大事なのは、DXを導入して効率性を上げる ことによって、どういう価値が得られるのかを追 及することです。「What’s value ?」という問いに 対して、答えていく姿勢を持たなければなりません。 技術と人、受注者と発注者、企業間をつなぐ 人と人とをつなぐ、あるいは技術と人をつなげ るということもDXは可能にします。わかりやす いのはスマートフォンでしょうか。メーカーや開 発者側に対して、ユーザーが様々なレビューを伝 えることによって、スマホは進化してきました。 技術・プロダクトを提供する側と使う側が、割と わかりやすくつながっています。では、これを下 水道事業に当てはめた場合はどうなるのか。技術 を提供するのは主に民間企業でユーザーは地方公 共団体ということになりますが、強い結びつきが あるとは言えない状況にあり、両者の「共創」に よるイノベーションは今まであまり起きていませ ん。DXの導入にあたっては、こうした受注者・発 注者の垣根を超えていくことが期待されます。 下水道事業が新設中心だった時代、つまり「1 周目」においては、コンサルタントが設計し、ゼ ネコンやメーカーがモノをつくり、維持管理会社 が管理・運営をするという流れでした。一方、こ れからは「維持管理起点のマネジメントサイクル の時代」に入るため、スタート地点が維持管理に なります。この「2周目」においては、維持管理の 履歴のデータを共有・活用した上で設計に着手す るサイクルをつくっていく必要があり、企業側は 一体的になるのが理想的です。しかし、実際に企 業が合併したり提携したりするのは簡単なことで はありません。そうしたときにDXを活用するこ とによって、異なる業種の企業間でも、常に対話 し合えるような関係を構築することが可能になる かもしれません。 データはオープンに。コアとなる存在が必要 維持管理を起点としたサイクルの中でDXを導 入する上では、維持管理情報をなるべくオープン にするというルールをつくっていく必要がありま す。そうしたデータは維持管理をしている会社に とっては大事なリソースだとは思いますが、オー プンにして共有しないとDXの良い部分が生かし きれません。 データを共有・活用していくためには、高い信 頼性と透明性を担保した、コアとなる組織やプラ ットフォームが必要です。様々なデータを提供し たときに、単に右から左へと流すのではなく、そ れらを組み合わせることで新たな価値をつけて返 してくれる―。そうしたことを担う、中心的な Introduction 東京大学大学院 工学系研究科都市工学専攻 下水道システムイノベーション研究室 特任准教授 加藤 裕之 氏
9 2022 vol.12 G&U 存在が求められます。 注意しないといけないこともあります。集めた データをAIに放り込めば、回帰式をつくって簡単 に答えを得られるようにはなるでしょう。しかし、 そうしたシステムに頼り切ると、どういうメカニ ズムで答えが導き出されているかがわからなくな る可能性があります。いわゆるブラックボックス 化のリスクです。たとえばAIがお医者さんの代わ りをすべてできるかというと、やはり対面を組み 合わせないと患者さんには信用されません。下水 道の場合も同じで、データ的なオペレーションだ けではなく、下水道事業そのものを熟知している 必要がありますし、フィールドでの検証も当然続 けなければなりません。 DXの「目的」を意識する DXの「定量」と「定性」についても触れておき ます。スマート農業の例で言うと、自動化による 効率性アップは定量的な効果、生活が豊かになる ということは定性的な効果です。私は定性的な効 果のほうが大事であり、これを実現するための手 段として定量的なものがあると考えています。定 量と定性は、「目標」と「目的」の違いと似ていて、 定量的なことは目標、定性的なことは目的に近い イメージかもしれません。「仕事の効率を上げた い」ということは定量化できる「目標」ですが、「健 康になりたい」「幸せになりたい」といった「目的」 は定量化することができません。 効率化や自動化といった側面が強調されるDX については、その導入に懐疑的な人もいます。し かし、先に述べた「目的」の話は人間の本質的な ところに関わってくるため、そうした人も共感で きるはずです。DXが広く受け入れられ、持続的に 使われるためには、この目的の部分を常に意識し ていくことが必要だと考えています。 市民科学的な発想でのデータ収集も DXには、市民科学との相性が良いという特長 もあります。市民科学は、大学や役所などが自分 たちだけではデータを集めきれないため、一般の 方の力を借りるようになったことから始まりまし た。最近ではアプリなどでデータを登録し、それ らが共有される仕組みが広がっています。有名な のは渡り鳥の研究。一般のバードウォッチャーが 登録した観察データが、渡り鳥の生態解明に活用 されています。 マンホール蓋は膨大な数が設置されていますが、 下水道施設では珍しく、地上から見えるというメ リットを持っています。その点では市民科学的な 発想でいろいろな人に協力してもらい、DXを使 ってデータを集めることがやりやすいかもしれま せん。マンホール蓋の老朽度合いや危険性が誰に でも簡単にわかるよう、見える化することもでき ると思います。専門家でないと、あるいは点検し てみないと把握できないのでは、せっかくのメリ ットを活かしきれていない気がします。「見える」 という点で、マンホール蓋は情報発信にも非常に 向いているインフラだと思います。たとえばDX を使ってマンホール蓋が担う役割をPRすること によって、その価値を高めていくことなども可能 ではないでしょうか。 この業界を“カッコ良く”しよう 下水道の分野でDXを推進することによって、 この業界が“カッコ良く”なる気もしています。 下水道の仕事は過酷な環境が多く、職人気質の業 界というイメージも根強い。しかし、人手不足とい う問題もありますので、たとえばAIでできること は任せてしまうべきです。業界のイメージをスマ ートに変えていくことは、リクルーティングという 点でも重要なことだと言えます。これはある媒体 で書いてお叱りを受けたことではありますが、「プ ールサイドでカクテル片手に○○を見ながら下水 道管理をする」といったことも、夢ではありません。 求められているのは、下水道を含めた水業界の“ト ランスフォーメーション”です。 P R O F I L E【かとう・ひろゆき】 早稲田大学大学院修了後、昭和61年建設省下水道部に入省。滋賀県 下水道課長、日本下水道事業団計画課長、国土交通省下水道部下水 道事業課町村下水道対策官、同下水道事業調整官、同流域管理官、 同下水道事業課長などを歴任。(公財)日本下水道新技術機構・新 技術研究所長、㈱日水コン・技術統括フェローを経て、令和2年4 月より現職。昭和35年横浜市生まれ。 D X 下水道への 導入 その価値と目的
10 2022 vol.12 G&U Close UP Part 1 DXを支えるデータとは 生産性向上を目的にICT導入を加速化 時代に即してDX定義の刷新も ――下水道におけるDXについて、これまでの国 の取り組みについてご説明ください。 平成28年の生産性革命プロジェクトの1つとし て、i-Constructionが始まりました。BIM/CIMや 品質向上という観点でICTの基準を策定し、導入 を推進していこうという省内全体における取り組 みで、下水道事業に関してはその一環として i-Gesuidoという施策を示しています。ヒト・モノ・ カネの問題に直面する中、より効率的な事業運営 が求められ、さらには再生可能エネルギーの利活 用など、下水道事業に求められる役割は多彩にな っています。これに対し、事業の質・効率性の向 上や情報の見える化を図ることを目的として、 「BIM/CIM」「ストックマネジメント」「水処理革 命」「雨水管理スマート化2.0」の4本の柱のもと、 i-Gesuidoを展開してきたところです。 どちらかといえば、これまでの取り組みは、 ICT導入により生産性を高め、人手不足などの業 界の課題を改善する動きが中心となっていました。 しかし昨今は、新型コロナウイルスの感染拡大が 世界的な問題となり、業務のリモート化、非接触 化という側面でもデジタル技術の導入が求められ ているだけではなく、データやデジタル技術を活 用し、業務そのものを変えていく必要性も生まれ たのです。 これを踏まえ、令和3年2月に省内で取りまと めた「インフラ分野のデジタルトランスフォーメ ーション(DX)」では、ICT導入による生産性向上 のほか、デジタル技術やデータを用いたデジタル 基盤の整備、これらを活用した業務プロセスや行 政組織の変革などをテーマとして加えて、インフ 国土交通省 水管理・国土保全局 下水道部 下水道事業課 事業マネジメント推進室 課長補佐※ 末益 大嗣 氏 下水道事業を取り巻く様々な課題に対し て、これまで国は生産性向上の取り組み を進めてきました。新型コロナウイルス の感染拡大を受け、DX・デジタル化の 重要性はますます高まりを見せています。 こうした情勢を踏まえ、国土交通省水管 理・国土保全局下水道部下水道事業課事 業マネジメント推進室の末益大嗣課長補 佐に下水道事業におけるDXの動向、デ ータ基盤の整備状況、事業体に対するメ ッセージなどを伺いました。 ※現 公益社団法人 日本下水道協会 技術研究部 研究官(企画部 情報課長) 下水道事業におけるDX推進 ―DXアクションプランと台帳電子化― Interview 1
11 2022 vol.12 G&U ラ分野におけるDXを定義しました。下水道部に おいても、これに基づいて、データ基盤整備など を推進するとともに、データとデジタル技術を徹 底活用し、業務そのものや組織、プロセスを変革 していきたいと考えています。 4つのアクションプランでデジタル化を推進 施設管理の高度化へデータ基盤整備に注力 ――新たに取りまとめたインフラ分野のDXにおけ る下水道事業の具体的取り組みを教えてください。 「行動」「知識・経験」「モノ」のデジタル化を 進めることが大きなテーマとなります。その実現 に向けては、4つの具体的なアクションプランを 掲げました。 まずは「行政手続きや暮らしにおけるサービス の変革」です。事例としては、窓口業務の非接触 化に貢献した「下水道施設・排水設備台帳の閲覧 申請電子化・閲覧のオンライン化」、下水道管の 水位情報を市民などに提供する「水位周知下水道」 などがあります。 次に「ロボット・AI等活用で人を支援し、現場 の安全性や効率性を向上」です。具体的な取り組 みとしては「AIを活用した水処理運転操作の先進 的支援技術」のほか、令和3年度から下水道浸水 被害軽減総合事業にて支援対象となった「樋門・ 樋管の操作遠隔化」等が挙げられます。 3つ目は「デジタルデータを活用し仕事のプロ セスや働き方を変革」です。これまで取り組んで きたBIM/CIMの推進が該当しますが、令和3年 度下水道革新的技術実証事業(B-DASHプロジェ クト)から取り組んでいる「監視制御システムの 互換手法構築による広域管理」も一例として挙げ られます。各社の監視制御システムに互換性を持 たせることで、広域的な管理を促進する効果があ るので、令和5年度のガイドライン策定をめざし て実証を進めているところです。 最後に「DXを支えるデータ活用環境の実現」で す。これはデジタル基盤の整理に向けた取り組み が該当します。今後、データを活用して効率的に 施設管理を行っていくためには、下水道施設台帳 の電子化が必要となります。中でも特に重要なの は、施設情報のほかに、点検・調査履歴や修繕履 歴などが記された維持管理情報です。それを明記 したのが平成29年度に策定した「新下水道ビジョ ン加速化戦略」です。この重点項目の一つとして、 維持管理を起点としたマネジメントを確立してい くことを掲げました。 これを契機に、令和元年度には管路施設、同2 年度には処理場・ポンプ場を対象とした維持管理 情報等を起点としたマネジメントサイクルのガイ ▲下水道事業におけるDXの推進(出典:国土交通省資料) 《下水道におけるDX》 ● 下水道事業が抱える課題や社会経済情勢の変化に伴う新たな要請への対応を見据え、データとデジタル技術 の活用基盤を構築し、さらにこれを徹底活用することで、業務そのものや、組織、プロセスを変革し、下水 道の持続と進化を実現させることにより、国民の安全で快適な生活を実現 • 排水設備計画届出等 の電子申請 • 管路施設情報のオン ライン閲覧 • 水害リスク情報等の提 供(内水ハザードマッ プ、水位周知等) • AIを活用した水処理運転技術 操作の最適化支援技術 • ICTを活用した下水道施設の劣 化状況把握・診断技術 •ドローンによる下水道施設の点 検支援技術 • 樋門操作の遠隔化等 • 下水道全国データベースの機能向上 • 下水道施設の維持管理情報を含めた標準仕様の策定 • 管路施設の台帳電子化促進に向けた共通プラットフォームの構築 • 下水道分野における BIM/CIMの促進 • 下水道施設広域管理 システムの開発 DXを支えるデータ活用環境の構築 業務プロセスや働き方 を変革 ICTやAI等を活用し、現場 の安全性や効率性を向上 行政手続き・サービスの 変革 知識・経験のデジタル化 行動のデジタル化 モノのデジタル化 管網の GIS 化・3 次元化モデル化 施設情報や管路内水位情報等をいつでも確認 オンラインによる現場支援 浸水シミュレーション
12 2022 vol.12 G&U Close UP Part 1 DXを支えるデータとは ドラインを策定しました。このガイドラインでは、 主に維持管理情報を記録するにあたり必要なデー タ項目やそれらデータをどのように業務に活用し ていくかという点を解説しました。さらに同3年 9月には、(公社)日本下水道協会(下水協)が「下 水道台帳管理システム標準仕様(案)・導入の手 引き」を改定し、維持管理情報の標準仕様が新た に定められました。データ活用の基盤整備として 下水道施設台帳の電子化に向けた取り組みが、 徐々に進められてきたものと考えています。 R7までに全事業体へ台帳電子化を求める 新たな支援制度などで取り組みを後押し ――台帳電子化の現状について教えてください。 令和3年1月に全事業体を対象としたアンケー トを実施したところ、全体のおよそ81%は、下水 道台帳管理システムを整備済みとの回答が得られ ましたが、システムで取り扱う情報を確認したと ころ、全体のおよそ45%が施設情報までの電子化 が完了、36%が維持管理情報を含めて電子化済み という結果でした。つまり、システムが未整備の 箇所を含めると、全事業体の約64%が維持管理情 報を電子化できていないということになります。 国としては、まずは道路陥没など、市民生活に 大きな影響を及ぼすことが懸念されるという観点 から、管路施設の維持管理情報の電子化を先行し て進めています。令和3年5月の第5次社会資本 整備重点計画にて、令和7年度までに各事業体に 維持管理情報を含めた電子化に取り組んでいただ くことを閣議決定しております。その目標達成に 向けて、現在、電子化支援制度等の整備を進めて います。 その取り組みのうち、技術的支援の1つとして、 維持管理情報を一元的に管理・運営する「共通プ ラットフォーム」の構築があります。下水協が令 和3年度に検討委員会を立ち上げ、必要な機能や データの連携手法の検討を進めてきました。特に 小規模事業体は、システムを維持するための技術 職員が不足しているという話をよく聞いており、 電子化のハードルは非常に高いものと思われます。 これを受け、下水道共通プラットフォーム(共通 ▲下水道情報デジタル化支援業務(下水道DXの推進)の概略(出典:国土交通省資料) ▲全事業体における台帳電子化(管路施設)の状況 (出典:国土交通省資料をもとに作成) ●下水道事業の持続性向上のためには、施設情報 や維持管理情報等をデジタル化することによる業 務の効率化や、蓄積データを活用した管理の高 度化が重要 ●水防法改正を踏まえた内水浸水想定区域図等の 作成のために必要となる浸水シミュレーションの 実施には、下水道管路情報のデジタル化が重要 ●中小市町村などではデジタル化が遅れており、そ の整備は急務 ●下水道管路に関する情報等をデジタル化するた めに必要な経費を支援する「下水道情報デジタル 化支援事業」を創設 (補助率:1/2、令和8年度まで) 背景 概要 共通プラットフォームを活用した下水道管路のマネジメントのイメージ 施設情報 維持管理 情報 デジタル化を支援 地方公共団体 民間企業 地方公共団体 民間企業 点検結果等 の入力 施設情報の 入力 情報収集・統計分析等 データ出力 地方公共団体 民間企業 一般公開 データ 市民等 インターネット ブラウザ 下水道台帳等 維持管理情報の電子化 未整備 維持管理情報まで 整備済 施設情報までは 整備済 未整備 64% 45% 19% 36%
13 2022 vol.12 G&U PF)は、クラウドサービスとしての提供を念頭に 置いて検討を進めているところです。毎回のシス テム料を支払えばメンテナンスフリーで利用でき ますので、中小事業体でも取り組みやすいものと なるでしょう。この共通PFは、令和5年度の運用 開始をめざして、下水協が準備を進めています。 一方、財政的支援としては、管路施設の施設情報、 維持管理情報等のデータ化を支援すべく令和4年 度に「下水道情報デジタル化支援業務」を創設し ました。補助率は全体費用の1/2となっており、 補助対象はすべての管路施設としているのが大き な特徴です。台帳システムの改修費は補助対象外 となっていますが共通PFをはじめとするクラウ ドサービスを利用していただければと考えます。 マンホール蓋の維持管理情報も対象に 劣化予測技術や新たな蓋の開発にも期待 ――台帳電子化によりマンホール蓋の維持管理はど う変わっていくでしょうか。考えをお聞かせください。 令和元年度の管路の維持管理ガイドライン策定 時、マンホール蓋に関する記載に携わり、その際 に関係者の方々からヒアリングをする機会があり ました。「蓋のがたつきや腐食、それに伴う事故 に関する情報が不足しているのではないか」との 話を聞いており、各事業体でもそうした記録が残 っていないことが多かったところです。 そのような意見も踏まえ、台帳電子化の取り組 みの中では、もちろんマンホール蓋の施設情報や 維持管理情報もデータ化していただきたいと思い ますので当然財政支援の対象としています。なお、 その維持管理情報には苦情や過去の事故情報など も付随しています。データ利活用の環境が整うこ とで、そうした情報がG&U様をはじめ、民間企業 や研究機関などに共有され、新たな技術開発につ ながっていくのではないでしょうか。特に事業体 では、マンホール蓋を更新するタイミングをどの ように見極めるかといった点もこれまで懸案事項 だったかと思います。交換時期を判定できるよう な劣化予測技術や、がたつきや腐食をより抑えた マンホール蓋の開発など、データを解析して今後 の調査研究に生かしていただきたいと期待してい ます。 データは事業体だけでなく産官学にメリット 業界全体でマネジメントの高度化めざす ――最後に地方公共団体や民間企業の方々へのメ ッセージをお願いします。 まずはデータの活用ができる環境、その基盤と なるような台帳電子化を各事業体の皆さんには進 めてもらいたいと考えております。現状は社会的 影響の大きい管路施設を優先していますが、施設 管理高度化や業務効率化の観点から、処理場やポ ンプ場の維持管理情報についても将来的には電子 化をめざしてほしいです。そのためにも、我々は、 新たな支援も含めて今後よりいっそう取り組みを 推進していきたいと思います。 台帳の電子化には「ビッグデータの蓄積」とい う目的も含まれています。こうしたデータは、技 術開発や研究活動、新たな指針の策定などに資す るものですので、事業体のみならず、国土技術政 策総合研究所、大学などの各研究機関や民間企業 においてもデータの基盤を整えていくことは大き な意味を持つ取り組みとなるでしょう。今後は業 界一丸となって、マネジメントの高度化に取り組 んでいければ大変頼もしく思いますし、我々もそ のような体制を構築できるよう努めてまいります。 P R O F I L E【すえます・ひろつぐ】 平成22年国土交通省入省。平成25年4月から27年3月まで国土交通省 下水道部下水道事業課に配属され、下水道事業の予算関連に従事。そ の後、宮崎市都市整備部長、環境省特定廃棄物対策担当参事官室参事 官補佐を経て、令和2年4月より現職。
14 2022 vol.12 G&U Close UP Part 2台帳システムの構築に向けて 紙から電子データへ 瞬時の改善が可能に 技術継承や職人技への依存解消にも期待 令和3年9月に省庁横断的な組織としてデジタ ル庁が設置されました。主に法律上の書類や手続 きを電子化し、齟齬や重複がないよう共通化する ことが目的です。デジタル化は世界の潮流です。 どちらかというと日本は遅れていましたが、紙か ら電子認証へと世界が大きく舵を切ったことで、 日本の事業体や企業もそうした方向に進み始めま した。一方で、東日本大震災や近年の豪雨被害を 受け、災害時にいかに迅速に情報を伝達し、共有 化するかという課題にも、国を挙げて取り組んで います。こうした背景や流れを踏まえ求められて いるのがDXであり、好む・好まないにかかわらず、 避けては通れない取り組みだと考えています。 DXで最も注目しているのは、電子データで編 集や上書きが可能で、瞬時に改善できるところで す。紙の書類や判子がこれまでのならわしだった 上下水道の事業体にとって、非常に画期的なこと です。かつて上下水道部署の執務室には山のよう に紙が積まれてありました。最も多かったのは図 面です。特に水道事業の場合は、末端給水の屋内 配管まで行政側が把握する必要があり、行政手続 きの書類なども日に日にたまる一方でした。これ らがすべて電子データに変換されれば、日常業務 の効率化や住民サービスの向上につながるはずで す。実際、台帳等を電子化した事業体からは作業 時間が1/3や半分になったとの声も聞かれます。 DXは技術継承でも効果が期待されます。上下 水道事業では技術が人に大きく依存しているとい う特徴があるほか、たとえば水道事業体の職員の 年齢構成は50代が約1/3を占めており、団塊世 代以降のその次の世代の大量退職に伴う技術の継 承が大きな課題となっています。ところがDXに より、これまで特定の人間しかできなかった職人 技を誰でもデータに基づいて把握・分析し、再現・ 改善できるようになります。的確なオペレーショ ンなどにより、インフラの最適化を図ることも可 能です。 しばしば事業体の人からは「DXと言われても よく理解できない、もっと端的に説明してほしい」 と言われます。私は「人がやっていたことを多く のことがコンピューター上でできるようになる」 水道の基盤強化に 向けたDXの推進 東洋大学大学院 経営研究科客員教授 (東洋大学 名誉教授) 石井 晴夫 氏 台帳の電子化をベースに、共通化・標準化し たデータを施設更新や料金徴収、広域連携な どあらゆる業務に活用する取り組みが水道分 野で行われています。こうした「水道DX」に 実証段階から関わってきた東洋大学大学院経 営研究科客員教授(東洋大学名誉教授)の石 井晴夫氏に、お話を伺いました。 Interview 2
15 2022 vol.12 G&U と説明しています。これまでのように勘や職人技、 個別の知識に依存することなく、空間あるいはサ イバー上でデータの交換や取り扱い、改善が可能 になる。これがDXの最大の特長だと考えます。 「水道情報活用システム」の運用を開始 共通化・標準化によりデータの活用を推進 上下水道事業に共通する課題の解決に向けて DXの導入効果が期待されているのが、施設台帳 の整備ならびに電子化です。特に中小規模の事業 体で遅れている傾向があります。水道事業に関し ては、平成30年の改正水道法で施設台帳の整備・ 保管が義務化されました。猶予期間を経て令和4 年10月から本格的に適用されます。法改正当時は、 約1400の事業体のうち未電子化が2割強、さらに 5万人以下の事業体に絞ると4割強という状況で した。 下水道分野では、台帳電子化の促進などを目的 に「下水道共通プラットフォーム」構想が打ち出 されました。日本下水道協会が設置し、私も委員 の一人として参加した「下水道共通プラットフォ ームあり方検討委員会」の報告書が令和4年3月 に取りまとめられ、令和5年度の運用開始に向け 具体的な検討が進められています。 水道分野では、6年前からこうしたデータの共 通化・標準化に向けた動きがありました。「水道 情報活用システム」という、水道事業のハード・ ソフトに関するデータを横断的かつ柔軟に利活用 できる仕組みです。平成28~30年度に経済産業省 と厚生労働省が連携して実証事業を行い、事業体 やベンダーが参画してデータ流通のためのルール を検討し、システム間のデータ連携を可能とする 標準仕様を策定しました。そして、水道情報活用 システムの構成要素である「水道標準プラットフ ォーム」が令和2年度に運用開始しています。 水道情報活用システムは、令和4年2月時点で 18府県・37事業者で導入されており、27道府県・ 64事業者で導入が検討されている状況です。台帳 未整備団体が簡単に利用できる「簡易台帳アプリ ケーション」の標準搭載などにより、導入済みま たは導入検討中の事業体は年々増加しており、広 く認知されてきていると感じています。システム の標準仕様の管理などを目的に設置された「水道 情報活用システム標準仕様研究会」には、水道事 業体とともに、コンサルやメーカーなど44社の企 業(令和3年度末時点)も参加しています。 水道情報活用システムを導入する最大のメリッ トは、データの共通化・標準化により正確なデー タを把握できることです。これまで中山間地域や 離島を抱える事業体では正確なデータを把握する ことさえ困難でした。データを把握することで現 状分析も可能ですし、最適な計画の見直しなど将 ▲「水道情報活用システム」の利用イメージ(出典:厚生労働省ホームページ https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000717625.pdf) デバイス等 (ポンプ・センサー) ○○浄水場 アプリケーション (運転監視) アプリケーション (施設台帳) アプリケーション (需要予測) デバイス等 (水位・水質) ○○配水池 デバイス等 (水位・水質) ○○配水池 デバイス等 (ポンプ・センサー) ○○浄水場 デバイス等 (水位・水質) ○○監視所 水道標準プラットフォーム 【個別利用・共同利用が可能】 デバイス等 (水位・水質) ○○配水池 デバイス等 (水位・水質) ○○配水池 運転監視制御業務 監視室 水道施設台帳管理 事務所 水道施設台帳管理 水需要予測検討 運転監視制御業務 中央監視室 事務所 水道施設台帳管理 出張所 データ サーバー 外部サービス (地図情報等) 共同利用(必要なアプリケーションを選択) 【A A水道事業者】 【B水道事業者】
16 2022 vol.12 G&U Close UP Part 2台帳システムの構築に向けて 来の対応を考える材料にもなります。また、ベン ダーロックインの解消や、割り勘効果によるコス トの低減も謳われています。いずれも実現に向け てはなかなかハードルの高いテーマではあります が、こうしたメリットの創出も念頭に置きながら システムの活用が広がることを期待しています。 経営基盤の強化がテーマの改正水道法 適切な管理へ、「資産維持費」も重要な概念 平成30年に改正された水道法では、水道事業を 未来永劫持続させるため、「基盤強化」を全面的 に打ち出しました。さらに、この大きなテーマに 基づき、「適切な資産管理の推進」「官民連携の推 進」「広域連携の推進」の3つの柱を位置づけま した。このうち「適切な資産管理の推進」の具体 的な施策が、台帳作成の義務化にあたるわけです。 適切な資産管理には「資産維持費」という新た な概念を取り入れることも大事になります。資産 には耐用年数がありますが、これは試験研究機関 などの英知を結集して決められるもので、最先端 技術を踏まえ改正されることもあります。日本の 税制や会計制度は、資産を取得した時点の価値で 評価する「取得原価主義」に基づいています。資 産の取得原価を使用期間にわたって費用として配 分する会計的な処理が減価償却です。 例えば下水道のマンホールふたの場合、車道に 設置されたものは耐用年数が15年に設定されてい ますが、15年後には交換できるよう費用を積み立 てていくのが取得原価主義に基づく減価償却の基 本的な考え方です。ただ、時代の変化は激しく、 マンホールふたの材質等も変わっていきます。現 時点で購入したマンホールふたを15年後に同じ価 格で購入できるかというと購入できないと思いま す。ふたの安全性も材質も向上しているでしょう し、自動開閉も実現しているかもしれません。コ ストが上がっていると考えるのが一般的だと思い ます。この15年間で予見できるコスト増の部分が 「資産維持費」にあたります。取得原価に対し、カ レント・コストと呼ぶこともあります。 資産維持費をめぐっては、私が委員長を務めた 日本水道協会の「水道料金制度特別調査委員会」 が平成20年に答申をまとめ、資産維持費3%の導 入を位置づけました。日本下水道協会でも、平成 28年に改定した「下水道使用料算定の基本的考え 方」の中で資産維持費の概念が盛り込まれていま す。工業用水道は下水道より数年早く、省令の改正 が行われ、資産維持費の考え方が導入されました。 こうした背景を踏まえつつ、資産維持費を総括原 ▲「水道情報活用システム」の導入状況(令和4年2月時点。出典:厚生労働省ホームページ https://www.mhlw.go.jp/content/000942302.pdf) 18府県・37事業者が導入事業実施(令和4年度登録事業者含む)、27道府県・64事業者が導入を検討中(令和5年度以降) 都道府県 事業者名 用供 宮城県 蔵王町 福島県 浪江町 栃木県 宇都宮市 富山県 射水市 石川県 金沢市 石川県 津幡町 長野県 箕輪町 岐阜県 笠松町 愛知県 岡崎市 滋賀県 草津市 滋賀県 大津市 滋賀県 長浜水道企業団 滋賀県 愛知郡広域行政組合 京都府 綾部市 京都府 宮津市 京都府 与謝野町 兵庫県 宝塚市 兵庫県 淡路広域水道企業団 兵庫県 神戸市 兵庫県 姫路市 導入を検討中 (4 募集登録) 導入事業実施 (43開始含む) 都道府県 事業者名 用供 奈良県 奈良市 奈良県 生駒市 奈良県 奈良市企業局都祁上水道事業 奈良県 奈良市企業局月ヶ瀬簡易水道事業 奈良県 平群町 島根県 島根県 広島県 広島水道用水供給事業 ● 広島県 広島西部地区水道用水供給事業 ● 広島県 沼田川水道用水供給事業 ● 福岡県 直方市 福岡県 桂川町 佐賀県 佐賀市 佐賀県 佐賀東部水道企業団(水道事業) 佐賀県 佐賀東部水道企業団(用供事業) ● 佐賀県 佐賀西部広域水道企業団 大分県 大分市 鹿児島県 鹿児島市
17 2022 vol.12 G&U 価で法定の処理費用に上乗せすることが、資産を 適切に維持するためには必要だと考えています。 料金徴収業務や広域連携の推進にも活用 あらゆる業務に対応する水道DX 水道事業の基盤強化にあたっては、ハードだけ でなく、ソフトの視点も極めて重要です。とりわ け大事なのが料金徴収です。地方公営企業会計の 基本的な考え方として、水道事業は費用の100% を水道料金で回収する必要があるからです。給水 する水量と料金として収入のあった水量の比率を 表す「有収率」という指標では、日本は全国平均 で90%強と世界的にも非常に優秀ですが、水道情 報活用システムによって、料金徴収業務を共通化・ 高度化することも可能です。他のDX技術として、 遠隔で自動検針できるスマートメーターの普及も 進んでいます。スマートメーターで取得した情報 と水道情報活用システムとの連携も期待されます。 水道情報活用システムの活用例としては、広域 連携も挙げられます。行政区域を越えた広域連携 は水道事業でも大きなテーマとなっています。改 正水道法の柱の1つにも位置づけられましたし、 令和4年度末までにすべての都道府県で「水道広 域化推進プラン」を策定することが要請されてい ます。例えば石川県では金沢市を中心とした広域 都市圏構想が動いており、上下水道事業でも広域 連携に向けた検討が進んでいます。金沢市企業局 では水道情報活用システムを導入し、管路も含め た施設の更新や最適化、今後の広域化を図る方針 を決めており、周辺の市町もそれに影響を受けて 導入の機運が高まっている状況です。圏域水道一 体化をめざしている奈良県でも、奈良市企業局が リーダーシップをとって水道情報活用システムの 導入を進めているところです。広域連携を推進す る上では、水道情報活用システムを使うのが最も 手っ取り早く、有効な手段の1つだと考えていま す。 水道情報活用システムでは、あらゆる業務を全 方位的に共通化・標準化しようということを当初 からの理念としています。この考え方は、当面は 台帳電子化の促進に焦点をあてる下水道共通プラ ットフォームとは異なる点かもしれません。 重なる業務領域=今後の官民連携のあり方 コーディネーター役の育成といった課題も 民間企業への期待として、改正水道法のもう1 つの柱である「官民連携の推進」についても述べ たいと思います。公共部門は人が不足しているの で官民連携に頼るしかありません。以前より公共 と民間の業務領域には重なっている部分がありま したが、これがここ数年で急速に広がっています。 このクロスしている業務領域が「今後の官民連携 のあり方」を示していると思います。 しかし官民連携を進める上で、日本には官と民 をマッチングさせるコーディネーター役がいない という課題もあります。例えば英国では「プラン ナー」という専門的な資格があります。都市計画 において総合的なプロデュースを行う職種で、ド ックランズと呼ばれるロンドンのテムズ川沿岸の 再開発などに大きな役割を果たしました。日本で もこうしたコーディネーター役を担う専門家の育 成が今後は必要になってくると考えています。 DXの普及・促進は、官民連携を推進する上でも 欠かせないものです。民間企業にとっても大きな ビジネスチャンスになりうると思っています。 P R O F I L E【いしい・はるお】 東洋大学で博士号(経済学)取得。(財)運輸調査局主任研究員、中央 大学経済学部兼任講師、ブリティッシュ・コロンビア大学客員研究員、 ノルウェー交通経済研究所客員研究員、参議院運輸委員会調査室客員 調査員、作新学院大学教授などを経て、平成18年4月より東洋大学経 営学部教授・同大学院経営学研究科教授。31年4月より現職。群馬県 前橋市出身。
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